#44 マドレーヌ、ピトレスク、HAJIME。大原にかかわる料理人のお話vol.08 Restaurant MOTOÏ 前田元さん

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【パーソナリティ】音吹じゅん
【ゲスト】Restaurant MOTOÏ 前田元さん、la bûche 森尚平さん、わっぱ堂 細江聡さん
【本編の内容】①ワーホリ当時狭き門/渡航費用を稼ぐためにバーミヤンでバイト!/日航のフレンチフランス人シェフからボーヌのホテルを紹介してもらう/休みの日はフレンチ厨房に入って勉強していた/フランス語が聞き取れない、オーダーがわからなかった/スイス国境のモルトにある一つ星レストランへ移籍/ハンターシェフでジビエ料理/二か月経ってからシャブリ近くのレストラン、二つ星マドレーヌへ/マドレーヌで新展開の仕事予定だったが/シラクからサルコジに大統領がかわったタイミングでビザが出ない/京都に帰ってきた時に、オークラのピトレスクへ/ひたすら働く、アルバイトなのにソーシエ担当/ビザ取れないどうしよう/ミシェルブラスにいたシェフが大阪でレストランをオープンするという噂を耳に/
②モトイギョーザ、la bûche洛北猪の生ハム、わっぱ堂海老芋ととり幸の鶏ミンチコロッケを食べながら/オークラピトレスク時代2007年大原朝市に通い始める/朝市もだんだん車の置き場所がなくなり始める/当時、中東さんやラビオグラフィー滝本さん達重鎮が焚火あたりながら歓談していた/朝市もおじいちゃんおばあちゃんが家庭菜園の延長で野菜を販売していた、とても盛況な頃/東京の野菜はすべて配達の野菜で面白味は感じなかった/オークラはすべて仕入れをレストラン単位で行っていた/
③HAJIMEの噂を朝市で聞いていた/食べに行ったランチが衝撃的で、食事に行ったその日に働かせてくれと嘆願/HAJIMEでの経験が、壁と言えば壁/21歳のスタッフにラップの使い方がダメと突っ込まれる/ホテルやフランスとは違う、個人店の始末をしていけというストイックな経営感覚/黒胡椒を16分割するためにペティの先をピンピンに研ぐ/厳しかったが米田肇さんとの距離感も近かった時代/もともとシステムエンジニアからの転身、辻調時代のノートがびっしり細かく理論的/理数系の人が料理界に入ってきた起こり、感覚でなく理詰めの料理/逆にイレギュラーに弱かった/市場流通の規格化された、安定した食材の使用は絶対条件だった/大原の露地野菜は適していない/メニューからでなく素材から入ってくる料理人が大原野菜を気に入ってくれる/ピトレスク時代の素材ありきの料理、HAJIME時代の料理のための素材/ミネラル→地球100種類強の素材を使ったスペシャリテ/京都の料理屋は京都の素材を使ってないところも多い/チームで動く場合、マニュアライズされた素材、メニューでないと動きにくい/自分の料理感とはまた違った感覚での料理だった、オークラ時代の料理が好きだと認識/その場その場の素材の状況に合わせて動くほうが好きだ/とは言えHAJIMEの店づくり、こだわりは本当にすごかった、これを経験していないと今の自分はない
【出演者関連リンク】
Restaurant MOTOÏ https://kyoto-motoi.com/
la bûche https://www.labucheohara.com/
わっぱ堂 https://wappado.jp/
音吹畑 https://otofukubatake.com/
【連絡はこちら】 oharadio.podcast@gmail.com

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