エバンゲリオン:愛へと作り替えられる体験談

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今回は前回配信したたった1週間で私にとってはかなり劇的変化が起こったのでその体験談を聖句と共にお話しました。相変わらずうまく話せていません。例えば部屋の移動の場所の(実際は南西から東へ)説明などまだ脳に障害が残っているようで自分では話しているつもりになっているのです。
これらのことは福音の「聖化」に重要なことでは無いため再録音せずに配信しています。どうぞご理解のほどよろしくお願いいたします。
福音の醍醐味である「聖化」による作り替えは個人の努力でも精進でもない人間の霊性(スピリット/心の善悪)をキリストを通して神と同じ愛へと直してくれる教訓は本当に素晴らしいと日々感じているところです。
聖書の自分を愛するとは「自分の魂を愛する」と言う意味ですから「隣びと」も同様の意味となります。
ぜひヘブル語(ヘブライ語)解釈で整合性のある理解を互いに進めて励ましあいを深めましょう。
(魂で聖書(新旧)を読むとヘブル語解釈になっていることに気づかされました。スピリット(心)で読むと反発がブロックが必ずかかりますし
トラウマがあると読む進めることが困難になってしまいます。聖書の価値観はこの地とは真逆だと言うことは昨年お話しした通りですが
神学者で牧師でもあったオズワルド・チェンバーズも同じことを言っています。オズワルドの過去の著書7冊は英語でフリーで読むことができます。
私は聖書心理学がとても興味深いと思っています。日本語ですと無料の聖書アプリ(Youバージョンの短いデボーションが2種類だけあります、私も繰り返し読み続けるようにしています。)
今回配信の中で代読し聖句を体験談と共に説明しながら読んだヤコブの手紙4章
'あなたがたの中の戦いや争いは、いったい、どこから起るのか。それはほかではない。
あなたがたの肢体の中で相戦う欲情からではないか。 あなたがたは、むさぼるが得られない。そこで人殺しをする。
熱望するが手に入れることができない。そこで争い戦う。
あなたがたは、求めないから得られないのだ。 求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。
不貞のやからよ。世を友とするのは、神への敵対であることを、知らないか。
おおよそ世の友となろうと思う者は、自らを神の敵とするのである。
それとも、「神は、わたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに愛しておられる」と聖書に書いてあるのは、むなしい言葉だと思うのか。
しかし神は、いや増しに恵みを賜う。であるから、「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」とある。 
そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。 
神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。
罪人どもよ、手をきよめよ。二心の者どもよ、心を清くせよ。 
苦しめ、悲しめ、泣け。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えよ。 
主のみまえにへりくだれ。そうすれば、主は、あなたがたを高くして下さるであろう。
兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。
兄弟の悪口を言ったり、自分の兄弟をさばいたりする者は、律法をそしり、律法をさばくやからである。
もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、その審判者なのである。
しかし、立法者であり審判者であるかたは、ただひとりであって、救うことも滅ぼすこともできるのである。
しかるに、隣り人をさばくあなたは、いったい、何者であるか。 '  
ヤコブの手紙 4:1-12 https://my.bible.com/bible/1820/JAS.4.1-12

ヘブル人への手紙 11:1
さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。
https://my.bible.com/ja/bible/1820/HEB.11.1.口語訳

ガラテヤ人への手紙 5章
'自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。
だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。
見よ、このパウロがあなたがたに言う。
もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう。 割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。
そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。
律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。 
わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。
キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。
あなたがたはよく走り続けてきたのに、だれが邪魔をして、真理にそむかせたのか。
そのような勧誘は、あなたがたを召されたかたから出たものではない。
兄弟たちよ。わたしがもし今でも割礼を宣べ伝えていたら、どうして、いまなお迫害されるはずがあろうか。
そうしていたら、十字架のつまずきは、なくなっているであろう。 
兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。
ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。
律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。
気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。 
わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。
そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。
こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。 
もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。 
肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、 ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。
わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。 
しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。
キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。
もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。
互にいどみ合い、互にねたみ合って、虚栄に生きてはならない。'  
ガラテヤ人への手紙 5:1-8,11,13-26
https://my.bible.com/bible/1820/GAL.5.1-8,11,13-26
ダニエル書 8章
'彼は言った、「二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する」。 '  
ダニエル書 8:14 https://my.bible.com/bible/1820/DAN.8.14
マタイによる福音書 24章
'預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、
そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。
屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。 畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。 その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。
あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。
その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。 
もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。
しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。 '  
マタイによる福音書 24:15-22
https://my.bible.com/bible/1820/MAT.24.15-22





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