なぜ天職の教師をやめたのか?

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▼ 環境と自分がズレていったから
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「ここは僕の居場所ではないな」そう思ったのが2019年。

大学時代から塾講師をして、アメリカでも日本語を教えるバイトをしたり、現地の小学校に教育実習に行ったりもした。

そのまま大学卒業と同時に、中高教師に。
教育や教育現場に夢中だった。

「どうやったらみんなに伝わるかなー成長するかなー」
と考えて、生徒たちに会いに行くのが楽しくて楽しくて、これをしながらお金を頂けるなんて、ありがたすぎて天職だと思った。

その気持ちが変わった訳ではないけれど、ある時から、環境にフィットしなくなった。

そもそも僕は小学校、高校は不登校だったし、画一性を求めるいわゆる “日本の学校” は好きではない。

教師として、僕と同じく息苦しさを感じる子に、「生き方って、たくさんあるんだよ」と伝えたかった。

「納得しないルールに従えなくても、集団に馴染めなくても、 “良い会社” に就職しなくても、大丈夫。人生は果てしなく自由で、自分次第でいくらでも楽しくなる」って。

2019年、AIの進化を感じていた僕は、暗記学習の価値が激下がりすると思った。

逆に価値が上がるのは、自分で考え、仮説を立て、試し、軌道修正していく力。
想像力、失敗力、そしてコミュニケーション力。

だから、それらを養う授業を考えた。

たとえば
・生徒自身が授業を考える
・外国の方のための、日本の好きな地域のガイドを作る 
・自分の好きな映画やスピーチの場面を切り取って真似る

目的はあるけど、画一的な正解はないこと。

でも現場では、
「受験勉強にどう役立つんですか?」
という尺度で測られ、異端教師になってた。

それでも僕は自分の信念と合わないことを、我慢して続けることはできなかった。

僕にとってそれは「死んでいる」のと同じだから。

でも、大事なことに気づいた。

雇われている限り、自分の信念どうこうは後回しで、自分にお金を払っている人(僕の場合は学校)が求めることをやらざるを得ないのだと。

だから、一度自分の足で立つことにした。
そして、信念が一致する人とだけ、仕事しようと。

だから僕は、天職とまで思った教師をやめた。
その結果が、前回の話「なぜマーケターになったのか?」

今は信念が一致する方々と全力で仕事できていて、とっても幸せで、うれしいです。

ありがとう、過去の自分。
ありがとうございます、一緒に仕事してくださる方々。

なぜ天職の教師をやめたのか?

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