「RPGシクール」におつきあいくださる皆様へ
1986年。「ドラゴンクエスト」に出会ったのは小学生の時でした。
少年ジャンプの「ファミコン神拳」のコーナーを見て、発売をわくわくして待っていました。
今ではゲームをやる人であるならば、知らない人はいないであろう超有名ロールプレイングゲームも、当時、僕の友達にしてみたら「知らない、面白いの?」と言われるゲームでした。
1987年。「ファイナルファンタジー」に出会ったのは、「ドラゴンクエスト」にハマった父親がなにげに買ってきたことからでした。
今ではゲームをやる人であるならば、知らない人はいないであろう超有名ロールプレイングゲームも、当時、僕の友達にしてみたら「え? ドラクエのパクりちゃうん?」と言われるゲームでした。
その後ドラゴンクエストとファイナルファンタジーは30年経った今でも愛され続ける、JRPG史上なくてはならないゲームとなりました。
その長い年月の中で、この偉大な作品たちは、それに触れた人々にも多大な、様々な影響を与えてきたと思います。
その中でもとりわけ「こんなゲームを作りたい!」と思わされた人たちは多いのでは無いかと思います。
ご多分に漏れず僕もそうでした。
しかし、そこから真剣にゲームクリエイターを目指すとか、そういう人生を変えるほどの大きな影響ではありません。
「あ〜自分もこんなゲーム作れたらいいなあ〜。」
面白い物に触れた時に思う、なんとなくの創作意欲。
しかし行動を促すほどの衝撃では無い、中途半端な欲求。
その欲求を満たすには、ゲーム制作はとても大変な、なんとなく思ってるような個人が手がけるには非常に敷居の高いものであることは言うまでもありません。
そんな「思うだけでやらない」自分にとって夢のようなツールが現れました。
1992年。「RPGツクール Dante98」に出会ったのは高校生の時でした。
当時、幸いにもPC-9801を持っていたい僕は、すぐさまこのツールを手に取りRPG制作へといそしむのでした。
RPGツクールシリーズの歴史も長く、ウィキペディアを見るところによると、1990年からシリーズが開始されており、こちらも30年近い間、ユーザーに親しまれてきたツールになります。
RPG制作を身近にしたことによって、多くの人の発想が形となり、RPGとなって生み出されることになりました。
過去にはコンテストも開かれ、インターネットが当たり前となった今では、名作と呼ばれるいくつものRPGが多くのユーザーにプレイされています。
そしてその現象がまた多くの人々に夢を与えます。
もはや「ゲーム制作」は特別なものではありません、その気になれば誰もができる創作活動なのです。
現在、大人である自分は知っています。
夢は夢であるから魅力的なのだと。夢と現実は違うものなのだと。
「その気」は「思いつき」ではないと。「最後までやり遂げてやる」という強い意志であると。
当時、幸いにもPC-9801を持っていたい僕は、すぐさまこのツールを手に取りRPG制作へといそしみました。
RPGツクールを通して学んだことは、「…やっぱゲーム制作者ってスッゲェや!」でした…。
なぜ自分は、RPGツクールを手にしただけでゲームを簡単に作れると思ってしまったのだろうか…。
なぜ自分は、RPGツクールを手にしただけで、誰もが楽しめる魅力的なゲームが作れると思ってしまったのだろうか…。
なぜ自分は、RPGツクールを手にしただけで地道な作業をすっとばし、ゲームを完成させられると思ってしまったのだろうか…。
なぜ自分は、RPGツクールを手にしただけで無限の像増力が湧くと思ってしまったのだろうか…。
その時、迷える子羊が手にした剣は、確かにこの世の全てを貫き、切ることができる剣でした。
しかしこの時、子羊はまだ知らなかったのです。
その剣は選ばし者にしか使うことができない剣であったことを。
[『最果てのRPGツクール見聞録』 第一章より]
RPGツクールは夢を撒く。そして夢に憧れた人間を魅了する。
しかしRPGツクールが与える物は絶望。
魂は凍てつく氷の世界に閉ざされ、精のない肉体から生み出されるのは形を成さない闇。
人の夢を喰らい、代わりに絶望を与える。
RPGツクールは呪いに似ているかも知れない。
この番組はそんな呪いに一度は破れた者たちが、大人になった今、時間が無い中でどうにか呪いに打ち勝とうとする番組です。
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