名護中学生◯害事件と喜納昌吉。1996年6月に発生した事件。

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1996年6月21日、バレー部の練習を終えて帰宅中の15才少女が何者かにさらわれた。現場では白のワンボックスカーに乗った若い男が少女を連れ去る目撃があった。沖縄では前年、12才少女が米兵3人に襲われた事件が発生「また少女が被害にあったのか!」と大きな話題になった。それから半年後、逮捕された2人の男は日本人であった。犯人の供述により被害者は拉致現場から60㎞離れた国頭村の山中で◯行され◯害され◯棄された事が判明。犯人2人にはその後、無期懲役の判決が下されました。事件現場にはその後、観音像が建てられ、今でも被害者の父親やボランティア達がお参りに来ています。またこの事件をモチーフにした歌「少女の涙に虹がかかるまで」が喜納昌吉によって作られました。反戦を歌い、沖縄の反基地運動とは一線を画した喜納昌吉ならではのメッセージが込められた歌だと言われています。

名護中学生◯害事件と喜納昌吉。1996年6月に発生した事件。

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名護中学生◯害事件と喜納昌吉。1996年6月に発生した事件。
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